認知症(軽い物忘れも含みます)
「知的障害とは異なり、いったん発達した知能が何らかの後天的な理由によって低下し、社会的な適応困難を呈した状態」を認知症と定義します。85歳以上の方の4分の1が認知症だと言われています。高齢化とともにどんどん増えていくと予想されています。認知症と診断されるのは、元々できていたことができなくなる症状がある場合です。「昔から苦手な記憶が今も苦手です」というのは認知症にはあたりません。
しかし「昔は何でも記憶できたのに・・最近覚えられない」という方がみんな認知症かというと、そうとは限りません。年齢とともに体力や皮膚の状態が衰えるのと同じく、記憶力も当然衰えます。加齢による物忘れは認知症ではありません。
認知症と正常な加齢による物忘れとの違いを以下に示します。
認知症が疑わしい物忘れ 加齢による通常の物忘れ
朝ごはんを食べたのに食べてないと言う 朝ごはんの内容が思い出せない
行きなれた道が分からなくて迷った 初めて行った場所で迷った
時計の読み方が分からなくなる 携帯電話の操作ができない
今までできていた料理ができなくなる 初めて作る料理ができない
理由なく怒り出す 涙もろくなった
家族が違和感を感じる物忘れ 家族が気にならない物忘れ
最後の家族の違和感ですが、家族が違和感を感じなくても認知症である場合もあります。ましてや家族が何かおかしいと感じて診察に来られる方は、加齢による物忘れのように見えても数ヵ月後には認知症という診断がつくことがほとんどです。それほど家族の感じる違和感は認知症診断には重要だと考えています。もし家族が違和感を感じるような物忘れがあるなら診察が必要だと思います。かかりつけ医などに相談して「大丈夫だよ、歳のせいだよ」と言われても、気にせずに精神科を受診されてください。たいがい家族の違和感が当たってます。
認知症(軽い物忘れも含みます)の種類
1.アルツハイマー型認知症(AD)
認知症の60%程度がADだと言われてます。脳が全体的に萎縮します。海馬という記憶のタンクのようなものを中心として萎縮が始まると言われてます。本当の確定診断は死後に脳を病理診断して確定できます。しかし生前にできる検査ではないので、臨床的にはCTやMRIやSPECTなどの画像診断を手ががりに、問診や知能検査(改定長谷川式簡易知能評価スケールや時計描画テストなど) を重視して医師が診断します。初期には「道に迷う」という症状が出ます。改定長谷川式簡易知能評価スケールで合計点がよくても、遅延再生(設問7)が悪かったらADです。物忘れを認めることは少なく「歳相応です・・困ってないです」「たまたま忘れていただけです」「診察室で緊張して・・」などど言い訳します。
2.レビー小体型認知症(DLB)
次に多いのがこの認知症です。認知症の20%くらいを占めます。病理診断すると、大脳皮質にレビー小体というものが正常より多数出現していることからこの名前がついてます。臨床的には幻視があればほぼ確定です。またパーキンソン病様に小刻みに歩行する、振戦 (箸などを持つと小刻みに震える)、常に力が入っている状態で上肢が流暢に動かせない(歯車様筋固縮)などがみられます。意識障害があり診察中に眠ってしまう、意識がなくなり救急搬送されたことが数回ある・・などもみられます。REM睡眠行動障害といって大声の寝言がみられたりもします。診察室では体が傾いてることが多いです。そのまま眠る人もいます。上肢は固まっていて自由には動かせません。改定長谷川式簡易知能評価スケールではADとは違って遅延再生が得意です。計算や数字の逆唱が不得意です。一番治療を難しくするのが、あらゆる薬の副作用が出やすい(薬剤過敏性)ことです。風邪薬でフラフラになったり、認知症の薬で体の傾きが悪化したりします。パーキンソン病薬で幻視が悪化したりもします。この病気を疑ったときは薬剤を小量で使用することが必須です。
3.血管性認知症(VD)
かつては一番多いと言われていた認知症ですが、現在では3番目に多い認知症とされてます。認知症の15%くらいを占めます。大なり小なりの脳梗塞・脳出血による認知症と考えていいと思います。脳梗塞が突然起こるように、この認知症は突然発症します。これに関してはCTやMRIでの診断が中心となります。意欲の低下があり、活動性が低下します。感情は不安定で突然怒ったり泣き出したりします。改定長谷川式簡易知能評価スケールでは遅延再生(設問7)は得意です。またADと異なり物忘れをあっさりと認めます。夜間せん妄といって、夜に意識障害が悪化して混乱状態となることも多く見られます。
4.前頭側頭型認知症(FTD)
ピック病という認知症を含みます。あるいはピック病=FTDと考えても良いかもしれません。万引きなどの反社会性行為をする高齢者は、これに当てはまる可能性が高いです。そこまでいかなくても善悪の区別がつかなくなり、言ってはいけないことを話すようになります。普段は無言で無表情。反面、こちらが促すとふざけたり大声で笑ったりします。初期の段階では記憶低下は目立たず、中には車の運転ができているくらいの方もいます。介護者が一番困るタイプの認知症ではないでしょうか?落ち着かず、同じことを何度も繰り返したりします。「ふざけている」ような態度・横柄な態度をとることもあります。突発的に出て行ったり、立ち上がったり・・・これは診察中でも起こります。また入浴しないなど不衛生な状態になるのもFTDに特徴的です。
5.混合型認知症
1~4以外の認知症もありますが、まずは4つが代表格です。それぞれが別の疾患ですので合併もあり得ます。よってこのような「混合型」という病名がありますが、治療的には意味のない病名です。治療では、混合していようと一番問題となる疾患から治療を開始することになります。狭義ではAD+VDのことです。
6.軽度認知障害(MCI)
認知症の前段階です。この状態から色々な認知症に進行します。この段階からの抗認知症薬は、効果がないというデータも数多くありますが、この診断の中には前段階より進んだ認知症初期が含まれていることがあるので、本人や家人と相談の上、試行的に抗認知症薬を内服していただくこともあります。
認知症(軽い物忘れも含みます)の治療方法
病気説明でも記しましたが認知症の本当の確定診断は死後の病理診断です。脳をスライスして色々な薬剤で染色して顕微鏡で見る検査です。臨床的にはできない検査なので家族からの問診・認知症検査・本人の診察・画像・採血検査などを参考に医師が認知症であるかどうかの判断、認知症の種類を決定します。実は、この生前に行われる医師の診断は死後に病理診断してみると結構な割合で間違っているというデータもあります。それくらい病名を確定することが難しいので、診断名にこだわることなく困っている症状から治療を開始する必要があります。それによって家族や施設スタッフなどの介護者が楽になり、本人も楽になります。教科書的な診断基準は満たしていないけどDLB(レビー小体型認知症)っぽいからDLBの処方を・・・または、脳画像ではAD(アルツハイマー型認知症)だけど病状がピック病っぽいからまずは落ち着いてもらう処方を・・・などが必要です。
参考:コウノメソッド
ご家族の方へ
世の中には介護の本がたくさん出版されています。実際に認知症介護に関わった家族の手記なんかもあります。まじめなご家族ほどこれらの本を何冊も読まれいて「私たちもこうしなければならない」と考えていらっしゃることが多いです。そしてご家族の方によく聞かれるのが「これからどう関わったら良いですか?」という質問です。私は「いつもどおりに関わってあげてください」そして「介護の本を参考にすることを止めてください」と伝えます。あれらの本は「プロの」介護者や「ごく少数の」頑張れる家族の体験談と考えてもらえればいいと思います。プロではない普通のご家族が、同じように自分を犠牲にして介護されるとご家族の方々が疲れきって潰れてしまいます。そうなってしまうと我々医療者は全く手出しができなくなってしまいます。認知症の患者様に必要なのは「関わり」です。昨日のことをも忘れてしまうような、ブツ切りの記憶しかなく、ご家族との関わりもブツ切りに感じていると思います。そばに居てあげたり、一緒に散歩してあげたり・・・それが患者様ご本人の安心感につながります。普段どおりに「関わる」ことで十分です。
まずは、できるだけ早く介護保険を申請して福祉サービスへの案内係(ケアマネージャー)を決めてもらい、デイケア(デイサービス)やショートステイなどの社会資源を利用できるようにしてください。そして、ご家族の皆様が余裕をもって介護することを意識してください。何度も申しますが、ご家族が潰れてしまっては全く手が出せない状態になってしまいます。これが認知症患者にとってどれだけのデメリットか考えてください。そうならないようにご家族が100%の力を出しきって介護することは禁止です。それどころか80%も禁止にします。60%の力・労力で介護できないのであれば、場合によっては施設への入所や精神科病院への入院をお勧めします。誠実なご家族ほど自分たちが楽をすることを嫌います。「かわいそうだから・・・施設には入れられません」「もう少しがんばります」とおっしゃいます。しかし誠実なご家族は60%の労力のつもりでも私から見ると80%くらいの労力を使っています。それでは1年と経たずにに疲れきってしまいます。疲れきってから施設を探したり入院を決めたりするより、余裕があるうちに今後のことを決めておいてください。