統合失調症
統合失調症(精神分裂病)について
統合失調症は、こころや考えがまとまりづらくなってしまう病気です。そのため気分や行動、人間関係などに影響が出てきます。統合失調症には、健康なときにはなかった状態が表れる陽性症状と、健康なときにあったものが失われる陰性症状があります。陽性症状の典型は、幻覚と妄想です。幻覚の中でも、周りの人には聞こえない声が聞こえる幻聴が多くみられます。陰性症状は、意欲の低下、感情表現が少なくなるなどがあります。周囲から見ると、独り言を言っている、実際はないのに悪口を言われたなどの被害を訴える、話がまとまらず支離滅裂になる、人と関わらず一人でいることが多いなどのサインとして表れます。早く治療を始めるほど、回復も早いといわれていますので早めの受診が必要です。以前は「精神分裂病」が正式の病名でしたが、「統合失調症」へと名称変更されました。皆さん意外に思われますが、およそ100人に1人がかかる頻度の高い病気です。類縁疾患も含めるともっと多くなります。
統合失調症とは
脳の様々な働きをまとめること(統合)が難しくなる病気です。統合失調症は、脳の様々な働きをまとめることが難しくなるために、幻覚や妄想などの症状が起こる病気です。それに伴って、人々と交流しながら家庭や社会で生活を営む機能が障害を受け(生活の障害)、「感覚・思考・行動が病気のために歪んでいる」ことを自分で振り返って考えることが難しくなりやすい(病識の障害)、という特徴を併せもっています。ほかの慢性の病気と同じように長い経過をたどりやすいですが、新しい薬の開発と心理社会的ケアの進歩により、初発患者のほぼ半数は、完全かつ長期的な回復を期待できるようになりました(WHO 2001)。
患者数
厚生労働省による調査では、ある1日に統合失調症あるいはそれに近い診断名で日本の医療機関を受診している患者数が25.3万人で(入院18.7万人、外来6.6万人)、そこから推計した受診中の患者数は79.5万人とされています(2008年患者調査)。また、世界各国の報告をまとめると、生涯のうちに統合失調症を発症する人は全体の人口の0.7%と推計されます。100人に1人弱がかかる病気です。決して少なくない数字です。それだけ、統合失調症は身近な病気ということができます。気長に病気とつきあっていくことが大切です。発症は、思春期から青年期という10歳代後半から30歳代が多い病気です。脳が完成する時期の不具合から発症するという説もあります。だから脳が未完成の中学生以下の発症は少なく、脳が完成してから時間が経っている40歳以降にも減っていきます。発症の頻度に大きな男女差はないとされてきましたが、診断基準に基づいて狭く診断した最近の報告では、男:女=1.4:1で男性に多いとされています。男性よりも女性の発症年齢は遅めです。
統合失調症の原因・発症の要因
統合失調症の原因は、脳の構造や働きの微妙な異常が原因と考えられるようになってきています。側頭葉や前頭葉が健常者に比べるとほんの数ミリ萎縮していると言われています。そのような脳の構造異常がある方に進学・就職・独立・結婚などの人生の進路における変化のストレスが加わると、発症となることが多いと言われています。 ただ、それらは発症のきっかけではあっても、原因ではありません。というのは、こうした人生の転機はほかの人には起こらないような特別な出来事ではなく、同じような経験をする大部分の人は発症に至らないからです。統合失調症に「なりやすい」脳の持ち主にきっかけが与えられると発症すると考えると分かりやすいかもしれません。また、双生児や養子について調査をすると、発症に遺伝と環境がどの程度関係しているかを知ることができます。例えば、一卵性双生児は遺伝的には同じ遺伝子をもっているはずですが、2人とも統合失調症を発症するのは約50%とされていますので、遺伝の影響はあるものの、遺伝だけで決まるわけではないことがわかります。様々な研究結果を総合すると、統合失調症の原因には遺伝と環境の両方が関係しており、遺伝の影響が約3分の2、環境の影響が約3分の1とされています。遺伝の影響がずいぶん大きいと感じるかもしれませんが、この値は高血圧や糖尿病に近いものですので、頻度の多い慢性的な病気に共通する値です。子どもは親から遺伝と環境の両方の影響を受けますが、それでも統合失調症の母親から生まれた子どものうち同じ病気を発症するのは約10%にすぎません。よく患者さまのご両親から「私たちの何が悪かったのか?」とたずねられますが私は「両親は何も悪くありません、病気のせいです」と答えています。遺伝だけで決まるわけでもなく環境(両親の育て方)だけで決まるわけでもなく「ある偶然」で発症するような病気だからです。
統合失調症の症状
統合失調症の症状は多彩なため、全体を理解するのが難しいのですが、ここでは幻覚・妄想、生活の障害、病識の障害の3つにまとめてみます。
a)幻覚・妄想(陽性症状)
幻覚と妄想は、統合失調症の代表的な症状です。幻覚や妄想は統合失調症だけでなく、ほかのいろいろな精神疾患でも認められますが、統合失調症の幻覚や妄想には一定の特徴があります。幻覚と妄想をまとめて「陽性症状(健康なときにプラスされた症状)」と呼ぶことがあります。
幻覚
幻覚とは、実際にはないものが感覚として感じられることです。統合失調症で最も多いのは、聴覚についての幻覚・・・幻聴です。誰もいないのに人の声が聞こえてくる、ほかの音に混じって声が聞こえてくるというものです。「お前は馬鹿だ」などと本人を批判・批評する内容、「あいつを殴れ!」と命令する内容、「今トイレに入りました」と本人を監視しているような内容が代表的です。普通の声のように耳に聞こえて、実際の声と区別できない場合や、直接頭の中に聞こえる感じで声そのものよりも不思議と内容ばかりがピンとわかる場合などがあります。周りの人からは、幻聴に聞きいってニヤニヤ笑ったり(空笑)、幻聴との対話でブツブツ言ったりする(独語)ため奇妙な人だと思われ、その苦しさを理解してもらいにくいことがあります。
妄想
妄想とは、明らかに誤った内容であるのに信じてしまい、周りが訂正しようとしても受け入れられない考えのことです。
「街ですれ違う人に紛れている敵が自分を襲おうとしている」(迫害妄想)
「今聞こえたクラクションは自分を攻撃する合図だ」(関係妄想)
「道路を歩くと皆がチラチラと自分を見る」(注察妄想)
「警察が自分を尾行している」(追跡妄想)
などの内容が代表的で、これらを総称して被害妄想と呼びます。時に「自分には世界を動かす力がある」といった誇大妄想を認める場合もあります。
妄想に近い症状として
「考えていることが声となって聞こえてくる」(考想化声)
「自分の意思に反して誰かに考えや体を操られてしまう」(作為体験)
「自分の考えが世界中に知れわたっている」(思考伝播)
のように、自分の考えや行動に関するものがあります。思考や行動について、自分が行っているという感覚が損なわれてしまうことが、こうした症状の背景にあると考えられることから、自我障害と総称します。
幻覚・妄想の特徴
統合失調症の幻覚や妄想には、2つの特徴があります。その特徴を知ると、幻覚や妄想に苦しむ気持ちが理解しやすくなります。
第1は、内容の特徴です。幻覚や妄想の主は他人で、その他人が自分に対して悪い働きかけをしてきます(まれに良い働きかけをしてくることもあります)。つまり人間関係が主題となっています。その内容は、大切に考えていること、劣等感を抱いていることなど、本人の価値感や関心と関連していることが多いようです。このように幻覚や妄想の内容は、もともとは本人の気持ちや考えに由来するものです。
第2は、気分に及ぼす影響です。幻覚や妄想の多くは、患者さまにとっては真実のことと体験され、不安で恐ろしい気分を引き起こします。無視したり、ほうっておくことができず、いやおうなくその世界に引きずりこまれるように感じます。場合によっては、幻聴や妄想に従った行動に走ってしまう場合もあります。「本当の声ではない」「正しい考えではない」と説明されても、なかなか訂正できません。この『異常に確信しており訂正できない』ということが教科書的な妄想の定義です。
b)生活の障害(陰性症状)
統合失調症では、先に述べた幻覚・妄想とともに、生活に障害が現れることが特徴です。この障害は「日常生活や社会生活において適切な会話や行動や作業ができにくい」というものです。陰性症状(健康な時からマイナスされた症状)とも呼ばれますが、幻覚や妄想に比べて病気による症状とはわかりにくい症状です。患者さま本人も説明しにくい症状ですので、周囲から「社会性がない」「常識がない」「気配りに欠ける」「怠けている」などと誤解されるもととなることがあります。 こうした日常生活や社会生活における障害は、次のように知・情・意それぞれの領域に分けて考えると理解しやすいでしょう。
会話や行動の障害(知の障害)
会話や行動のまとまりが障害される症状です。日常生活では、話のピントがずれる、話題が飛ぶ、相手の話のポイントや考えがつかめない、作業のミスが多い、行動の能率が悪い、などの形で認められます。症状が極端に強くなると、会話や行動が滅裂に見えてしまうこともあります。こうした症状は、注意を適切に働かせながら会話や行動を目標に向けてまとめあげていく、という知的な働きの障害に由来すると考えられます。
感情の障害(情の障害)
自分の感情についてと、他人の感情の理解についての、両者に障害が生じます。自分の感情についての障害とは、感情の動きが少ない、物事に適切な感情がわきにくい、感情を適切に表せずに表情が乏しく硬い、それなのに不安や緊張が強い、などの症状です。また、他人の感情や表情についての理解が苦手になり、相手の気持ちに気づかなかったり、誤解したりすることが増えます。こうした感情の障害のために、対人関係において自分を理解してもらったり、相手と気持ちの交流をもったりすることが苦手となります。
意欲の障害(意の障害)
物事を行うために必要な意欲が障害されます。仕事や勉強をしようとする意欲が出ずにゴロゴロばかりしてしまう(無為)、部屋が乱雑でも整理整頓する気になれない、入浴や洗面などの身辺の清潔にも構わない、という症状として認められます。さらにより基本的な意欲の障害として、他人と交流をもとうとする意欲、会話をしようとする意欲が乏しくなり、無口で閉じこもった生活となる場合もあります(自閉)。
c)病識の障害
病識とは、病気である認識つまり自分自身が病気であること、あるいは幻覚や妄想のような症状が病気による症状であることに自分で気づくことができること、認識できることをいいます。統合失調症の場合には、この病識が障害されます。多くの場合、ふだんの調子とは異なること、神経が過敏になっていることは自覚できます。しかし、幻覚や妄想が活発な時期には、それが病気の症状であるといわれても、なかなかそうは思えません。そう思えないことこそが妄想の定義ですらあります。症状が強い場合には、自分が病気であることが認識できません。しかし治療が進んで病状が改善すると、自分の症状について認識できる部分が増えていきます。ほかの患者さんの症状については、それが病気の症状であることを認識できますから、判断能力そのものの障害ではないことがわかります。だから自分自身を他人の立場から見直して、自分の誤りを正していくという機能の障害が背景にあると言われています。
本人に分かる統合失調症のサイン
「確かに聞こえている、見えているのに、周りの人が否定する。」そんな時あなたは統合失調症かもしれません。統合失調症で多く現れる症状は幻覚や妄想です。幻覚とは実際にはないものが感覚として感じられることです。とてもはっきりと聞こえたり見えたりするために、脳の中だけで起きているとは考えにくいものです。妄想とは、明らかに間違った内容を信じてしまい、周りの人たちが訂正しようとしても自分では受け入れられない考えのことです。自分には聞こえたり、見えたりするのに、家族や友達、同僚、上司、医師などの周りの人たちが皆「そんなことはない」と否定するときには、幻覚や妄想の可能性があります。
周囲の人に分かる統合失調症のサイン
統合失調症に多い幻覚や妄想の症状は、本人には現実味があってそれが病的な症状だとは気づきにくいものです。周りの人が気づくことが、早期発見の第一歩となります。家族や周囲の方に以下のようなサインがあることに気づいた時には精神科・心療内科に家族だけででも相談をしてみてください。
a)幻覚や妄想のサイン
いつも不安そうで、緊張している
悪口をいわれた、いじめを受けたと訴えるが、現実には何も起きていない
監視や盗聴を受けていると言うので調べたが、何も見つけられない
ぶつぶつと独り言を言っている
にやにや笑うことが多い
命令する声が聞こえると言う
b)会話や行動のサイン
話にまとまりがなく、何が言いたいのかわからない
相手の話の内容がつかめない
作業のミスが多い
c)意欲のサイン
打ち込んできた趣味、楽しみにしていたことに興味を示さなくなった
人づきあいを避けて、引きこもるようになった
何もせずにゴロゴロしている
身なりにまったくかまわなくなり、入浴もしない
d)感情のサイン
感情の動きが少なくなる
他人の感情や表情についての理解が苦手になる
無表情になる
統合失調症の治療法
統合失調症の治療は、薬による治療(薬物療法)が中心となります。それに加えて不十分な部分を専門家と話をしたりリハビリテーションを行う治療(心理社会療法)を補助的に組み合わせて行います。心理社会療法だけで十分であることはほとんど無いのでまずは薬物療法をきちんと行うことが必要です。反対に治療薬の進歩により薬物療法だけで改善してしまう方もおられます。とくに、幻覚や妄想が強い急性期には、薬物療法をきちんと行うことが不可欠です。
治療の場:外来か入院か?
病気が明らかになった場合、治療の場を外来で行うか入院で行うか決める必要があります。治療の進歩により、以前と比較して外来で治療できることが増えてきました。私は基本的に患者は外来で治療されるべきだと考えてます。そして、日常生活の中で治療が行われることが理想だと考えています。しかし入院が必要な場合も出てきます。入院治療には、日常生活から離れてしまうという面があるものの、それが休養になって治療にプラスになる場合もあります。また24時間医療スタッフの目が届く状態ですので病状を詳しく知ることができますし、検査や薬物治療の調整が行いやすいことが利点です。これらのバランスを考えて、治療の場を決めます。私に限らず医師は、できれば外来で治療を進めたいと考えていますが、次のような場合は入院を検討します。
• 日常生活での苦痛が強いため、患者さまが入院しての休養を希望している。
• 幻覚や妄想によって通常の日常生活をおくることが困難。
• 自分が病気であるとの認識(病識)に乏しいために、服薬や静養など治療に必要な最低限の約束を守れない。
治療の目標
幻覚や妄想などの陽性症状を軽くする 記憶や注意などの障害によって社会生活機能が低下するのを防ぐ 回復後は再発しないように維持する。
治療の方法
薬物療法が中心となりますが心理社会療法を使用することもあります。薬物療法で軸となるのは抗精神病薬です。
抗精神病薬
4つの作用があります
• 幻覚・妄想・自我障害などの陽性症状を改善する抗精神病作用
• 不安・不眠・興奮・衝動性を軽減する鎮静作用
• 感情や意欲の障害などの陰性症状の改善神経賦活作用やをめざす精神賦活作用
• 今以上に脳の萎縮を進行させない脳保護作用
薬物療法が中心となりますが心理社会療法を使用することもあります。薬物療法で軸となるのは抗精神病薬です。かつては抗精神病作用や鎮静作用が最重要と考えられていた時代もありましたが現在では神経賦活作用や脳保護作用というような予後に大きく影響し生活の質を高める作用が重要視されています。新世代型抗精神病薬(非定型抗精神病薬)はそのような流れに乗った薬といえます。そして私は基本的に新世代型抗精神病薬を中心に処方いたします。幻覚や妄想が薬物による改善とは「薬によって強制的に考えが変えられる」「薬で洗脳される」ということではありません。患者が別人に置き換えられるわけでもありません。患者の人格はそのままに「幻覚や妄想が気にならなくなる」という感覚で改善していきます。「幻覚や妄想はあるがそれが現実ではないと認識できて行動化しない」そんなふうに変わられる方もいます。「考えがまとまらない」「一つのことにこだわってしまい前に進めない」という方が柔軟に物事をか考えられるようになります。被害妄想で理由の無い不安や緊張に縛られていた方が安心して生活できるようになります。抗不安薬、睡眠薬、気分調整剤を補助的に使用することもあります。
抗精神病薬の内服期間
抗精神病薬には、これまで述べたような精神症状への効果だけでなく、再発を予防する効果があります。先に述べたように統合失調症は脳の病気です。脳の萎縮は徐々に進んでいきその萎縮と共に症状も悪化していきます。この脳萎縮を抑制する作用も新世代型抗精神病薬にはあると言われています。つまり症状が改善しても脳萎縮を起こさないためには飲み続ける必要があります。また、抗精神病薬による治療で幻覚や妄想がいったん改善しても、内服を継続しないと、数年で90%以上の患者さまが再発してしまうとされています。そして、再発すると前回の症状より悪化した状態で再発します。再発を改善させるためには前回改善した処方量以上の内服が必要です。また、再発のたびに脳萎縮が進むといわれています。再発を繰り返すと処方量が増え続け最後には抗精神病薬が効かなくなってしまいます。ところが、幻覚や妄想が改善した後も抗精神病薬の治療を継続すると、その再発率が減少します。このように、いったん病状が落ち着いた後も服用し続けること(維持療法)で再発が予防できることを、抗精神病薬の再発予防効果と呼んでいます。
「調子がよいのに薬をのみ続けるのか?」とよく質問されますが、「治る」には二種類あります。ひとつは風邪薬のように風邪が治ったと同時に風邪薬を止める・・・という「治る」です。しかし、高血圧の薬である降圧剤や糖尿病治療薬であるインシュリン、痛風を引き起こす高尿酸血症の治療薬である尿酸降下薬などはそのような「治る」とは異なった使い方をします。降圧剤を止めると血圧は高くなってきます。インシュリンを止めると血糖値は上昇します。尿酸降下薬を止めると尿酸値はあがります。つまりこれらの薬は飲み続けることで「治る」を実現できる薬です。同じように抗精神病薬も基本的に飲み続ける薬と理解して下さい。飲み続けることで再発を防ぎ、飲み続けることで脳を保護して「治った」状態を維持できる薬です。
「薬はいつまでも続けるのか?」これもよく聞かれる質問です。基本的に統合失調症では薬を止めることは危険だと思います。止めると高い確率で再発しますし、続けることで獲得できる脳保護作用もなくなり萎縮が進む可能性を高めます。脳は一度萎縮すると再生しません。だからと言って絶対に止めれないわけでもありません。しかし、その判断は精神科医にしかできません。そういうわけでここには中止の方法、中止の目安を敢えて記載しません。自己判断で抗精神病薬を止めることは大きな危険を伴いますので絶対に止めてください。「副作用がつらい」「薬をやめたい、減らしたい」などの悩みがあれば、減量したり副作用の少ない薬に切り替えるなどの方法があるので主治医に相談してください。
抗精神病薬の副作用
抗精神病薬、特に新世代型抗精神病薬は、全体としては重い副作用の少ない安全な薬です。長期間服用を続けることを前提とした薬です。長期服薬が出来るように作られていると考えてください。副作用が無いわけではないですが主治医に相談してくれれば減量したり薬を替えたりすることでコントロール可能な副作用であることが多いです。副作用あるからといて自己判断で維持療法を中断し、再発を起こしてしまうのは残念なことです。どんな副作用があるのかについて知識をもち、心配な点を早めに主治医に相談することが大切です。
抗精神病薬の副作用は、いくつかに分類して考えることができます。
いろいろな薬物に共通する副作用
肝臓や腎臓への薬物の影響です。血液検査・尿検査などを3~6カ月に1回チェックすれば問題ありません。一部の抗精神病薬では高血糖になりやすく、糖尿病が引き起こされたりすることがありますので、飲み始めの頃に検査の繰り返しが必要な場合があります。
抗精神病薬に特徴的な副作用
そわそわしてじっと座っていられない(アカシジア)、体がこわばって動きが悪い、震える、よだれが出る(パーキンソン症状)、口などが勝手に動いてしまう(ジスキネジア)、筋肉の一部がひきつる(ジストニア)などです。こうした副作用を軽減する薬物を併用したり、抗精神病薬を減量・変更したりすることで改善します。
薬物の随伴的な副作用
眠気、だるさ、立ちくらみ、口渇、便秘などです。抗精神病薬を減量・変更することで、軽減できる場合があります。
ごくまれに起こる重篤な副作用
悪性症候群(高熱、筋強剛、自律神経症状など)は、すみやかな治療が必要です。
心理社会療法
病気の自己管理の方法を身につけたり、社会生活機能のレベル低下を防ぐ訓練などを行うもので、精神療法やリハビリテーションが含まれます。病状や生活の状態に合わせて、様々な方法が用いられます。何度も言いますがこれだけで治療は完成しません。抗精神病薬が治療の軸としてあって初めて効果が期待できます。
リハビリテーション
統合失調症では、様々な症状のために家庭生活や社会生活に障害が生じます。症状の改善だけではなく、日常生活におけるこうした障害の回復も治療の目標になります。 先に述べた薬物療法は、統合失調症により障害された機能の修復を図る治療です。こうした治療と並行して、障害を受けていない機能を生かすことで家庭生活や社会生活の障害を克服し、生きる意欲と希望を回復し、充実した人生をめざすのがリハビリテーションです。リハビリテーションに用いられる方法は、病状や生活の状態により様々です。病気や薬についてよく知り、治療の参考にして再発を防ぎたいとの希望がある患者・家族のためには「心理教育」、回復直後や長期入院のために身の回りの処理が苦手となっている場合には生活自立のための取り組み、対人関係やコミュニケーションにおける問題が社会復帰の妨げとなっている場合には、認知行動療法の原理を利用した「生活技能訓練(Social Skills Training;SST)」、仕事における集中力・持続力や作業能力の回復をめざす場合には「作業療法」、対人交流や集団参加に自信がもてない場合には「デイケア」、就労のための準備段階としては「作業所」など、個々の患者さまの病状に合わせて利用していきます。
経過
病気の経過は、前兆期・急性期・回復期・安定期に分けられます。この経過は人によって数年であったり数十年であったり、繰り返しであったりします。10年間の経過で考えるとおおむね4等分されます。完全な回復(もちろん抗精神病薬を飲んだ状態で)は1/4、かなりの回復(比較的自立している)は1/4、ある程度の回復(自立は困難だが家人の助けがあれば生活が出来る)は1/4、ほとんど回復できない方が1/4といわれてます。新世代型抗精神病薬の出現でほとんど回復できない方はさらに少なくなると言われています。これを30年間の経過で見ると完全な回復はさらに多くなります(半分~2/3)。その機序は不明ですがこの疾患は加齢が有利に働く極めて稀な疾患です(ほとんどの病気は加齢とともに悪化します)。私見ですがこの疾患は一部の脳が忙しく働きすぎている状態ではないかと考えています。ですから加齢により脳が働きすぎることが“できない”状態になると改善する疾患だと思われます。
前兆期
前兆期は、急性期を前にして様々な症状が出現する時期です。精神症状としては、焦りと不安感・感覚過敏・集中困難・気力の減退などがあります。うつ病や不安障害の症状と似ているため、初めての場合にはすぐに統合失調症とは診断できないことがあります。また、不眠・食欲不振・頭痛など自律神経を中心とする身体の症状が出やすいことも特徴です。初発の場合には、これだけで統合失調症を診断することはできませんが、再発を繰り返している場合には、前兆期の症状が毎回類似していることを利用すると、「不調の前ぶれ」として本人や周囲が早期発見するための手がかりにできます。
急性期
幻覚や妄想などの、統合失調症に特徴的な症状が出現する時期です。この幻覚や妄想は、患者さま本人にとっては不安・恐怖・切迫感などを強く引き起こすものです。そのため、行動にまで影響が及ぶことが多く、睡眠や食事のリズムが崩れて昼夜逆転の生活になったり、行動にまとまりを欠いたり、周囲とのコミュニケーションがうまくとれなくなったりなど、日常生活や対人関係に障害が出てきます。入院加療が必要となるケースもあります。
回復期
治療により急性期が徐々に治まっていく過程で、現実感を取り戻す時期でもあります。疲労感や意欲減退を覚えつつ、将来への不安と焦りを感じます。周囲からは結構よくなったように見えますが、本人としてはまだ元気が出ない時期ですので、辛抱強く待つ姿勢がよい結果を生みます。統合失調症後うつ病といって急性期にエネルギーを使い果たしたような状態になることも多く見られます。
安定期
回復期を経て、安定を取り戻す時期です。すっかり病前の状態へと戻れる場合もありますし、急性期の症状の一部が残存して取り除けない場合、回復期の元気がないような症状が続いてしまう場合などもあります。 こうした安定期が長く続き、リハビリテーションにより社会復帰を果たし、治癒へと向かう多くの患者さまがいます。しかし、この状態から前兆期が再度始まり、再発を迎えてしまうことがあるのは残念なことです。再発の原因の大部分が薬剤の中止です。絶対に自己判断で薬剤中止は試みないようにしてください。また、次に多い再発要因はストレスです。ストレスに弱い状態(ストレス脆弱性)があるといわれています。ストレスを避けるように心がけてください。
予後
長期の予後を検討すると、治癒に至ったり軽度の障害を残すのみなど良好な予後の場合が50~60%で、重度の障害を残す場合は10~20%であるとされています。この数字は昔の治療を受けた患者のデータですので、新世代型抗精神病薬による現代の患者さまでは、よりよい予後が期待できます。症状が現れてから薬物治療を開始するまでの期間(精神病未治療期間)が短いと予後がよいことが指摘されていますので、長期経過の面でも早期発見・早期治療が大切であることがわかります。教科書的には急性発症はゆっくりと発症したものより予後が良いとされています。また発症年齢が高いほど予後は良好です。脳の脆弱性(弱さ)が高いほど若くして発症すると考えられるからです。また家族に統合失調症の患者さまがいる場合は遺伝的な背景が濃く予後は不良です。しかし、これらは一般論であり絶対的に予後を決めるものではありません。
患者さまへのアドバイス
精神科医には色々なタイプがいます。これが外科医や内科医であれば医師のタイプはそれほど治療に影響を与えません。しかし、精神科は「こころ」を扱うゆえに医師のタイプが重要となります。厳しいタイプ・優しいタイプ・よく話を聞いてくれるタイプ・詳しい説明をしてくれるタイプ色々な精神科医がいます。ぜひあなたとの相性を考えて主治医を選んでください。統合失調症は、慢性に経過することが多い病気です。相性の合わない医師との治療は苦痛であるばかりでなく、うまくいかないことが多いと思います。今の時代、患者さまが医師を選ぶ時代です。ぜひ相性の合う医師を選ぶようにされてください。反面、精神科の治療は個別性が高いものです。医療者にとっては、その患者さまの病状の経過や薬物の効果を知っていればいるほど、またその患者さまの生活やご家族について知っていればいるほど、その患者さまに合った治療が提供できます。ですから、診断や治療に疑問や不安が生じた時に、すぐに主治医を変えてしまわないでください。まず主治医に質問や相談をしてみてください。その答えに納得ができなければ、セカンドオピニオン(他の医師に現在の治療が適切かどうかたずねること)を求めることもできます。
家族や周囲の方へのアドバイス:
治療の中心は本人と家族です。しかし精神科の病気は目に見えませんから、家族や周囲の方にとってはなかなか理解しにくいものです。家族は「わからない」、本人は「わかってもらえない」というストレスを抱えることになりがちです。 病気についての理解が進むと、そうしたお互いのストレスが減ります。また、治療にどういう仕方で協力すればよいかがわかると、そのことが病状や経過によい影響を与えます。 本人・家族・医療関係者がみんなで医療チームを組み、統合失調症という病気に立ち向かえるのが理想です。そこで、ご家族や周囲の方にお願いしたいことが4点あります。
病気を理解してください
第1は、病気やそのつらさについて理解していただきたいということです。患者さまがどんなことを苦しく感じるのか、日常生活で怠けやだらしなさと見えるものが実は病気の症状(陰性症状)であること、を理解してもらえることは、患者さまにとってはこころ強いことです。「気持ちがたるんでいるから病気になるんだ」といわれて理解してもらえないことは、患者さまにとってはつらいことです。統合失調症は脳の病気です。やる気や気持ちの持ちようで何とかできるものではありません。
治療に協力してください
第2は、治療において医療チームの一員になっていただきたいということです。家族のもつ大きな力を治療において発揮していただければ、回復もそれだけ促進されます。すぐにできることとしては、診察に同伴して家庭での様子を主治医に伝える、それができないなら診察前に前もって主治医に手紙を書いておくことも診療の手助けになります。手紙は患者さまの前では言えない事も伝えることができるという利点もあります。また薬を止めると悪化する病気です。主治医は本人が内服しているという言葉を信んじるしかありません。きちんと薬をのんでいるかどうかを本当にチェックできるのは家族だけですので薬の管理は家族のみが出来る一番の治療参加です。それができないならせめて治療を妨げる行為は止めてあげてください。医師から処方された薬について、「気合があれば薬など要らない」「薬を続けるとクセになってよくない」「薬は身体に良くない」など何の根拠もない誤った意見で患者を大きく迷わせることは控えて下さい。
接し方を少し工夫する
第3は、患者さまへの接し方を少し工夫していただきたいということです。患者さまは、対人関係に敏感になっており、そこからのストレスが再発の引き金のひとつとなる場合があります。とくに患者さまが苦手なのは、身近な人から「批判される」「非難がましくいわれる」、あるいは「心配されすぎる」ことです。小さなことでも患者さまのよい面を見つけ、それを認めていることを言葉で表現する、困ったことについては、原因を探すのはひとまず脇に置いて、具体的な解決策を一緒に考える、という接し方が理想的です。薬についてだけでなく、こうしたコミュニケーションにおいても、家族のもつ力が回復を促すことになります。
患者さまだけでなく自分自身も大切にする
第4は、自分を大切にしていただきたいということです。「私たちの育て方が悪かったから、こんな病気になった」と、自分を責めるご両親がいます。しかし、これは医学的な事実ではありません。育て方のせいで、統合失調症を発症することはありません。また「自分の生活をすべて犠牲にしても、治療にささげなければならない」と、献身的にがんばる方もいます。しかし、こうした努力は長続きしません。いざ家族の力が必要なときに家族が疲れ果てている状態では困ります。常に余力を残した状態で関わっていただきたいと思います。しかし、それでも家族自身がつらい気持ちとなり、耐えにくい場合があるでしょう。そうした場合には、家族会に参加して同じような境遇の家族の方とつらさを語り合い、分かちあうことをお勧めします。家族会は、病院・保健所・地域など様々なところにあります。
(厚生労働省HPを参考にしています)
統合失調症の治療方法
軸となる薬は抗精神病薬です。 その中でも私が最初に処方するのは非定型(第2世代型/)抗精神病薬といわれるものです。そして以前の抗精神病薬を定型(第1世代型)抗精神病薬といいます。
私は薬剤を選択するとき信頼できるデータと信頼できるマニュアルとがないと処方しません。しかし私の知る限りでは定型抗精神病薬はデータの揃った治療マニュアルというものがありません。 マニュアルがないのはマニュアルというものが重視されないまま個々の精神科医の経験に基づき・患者の陽性症状の改善を指標に薬物調整をしていた時代に治療の主役であった薬剤だからです。 現時点ではそのような薬は特許が切れており製薬会社的にお金をかけられない薬剤となっています。そんな中では新たに治療マニュアルを作ろうとする動きも起こりません。
そういうわけで新たに処方するときは定型抗精神病薬ではなくしっかりした治療マニュアルがある非定型抗精神病薬を処方します。 また定型抗精神病薬は少量であれば良い薬ですが多量になれば副作用が出やすい薬です。 副作用が出た場合は非定型抗精神病薬に切り替えることを考えます。 また今後の再発予防に大きく関わるとされている脳保護作用の報告も非定型抗精神病薬にしかありません。これは定型抗精神病薬が主役であった時代には脳保護作用などは考慮されていなかったからです。もしかしたら定型抗精神病薬にも脳保護作用があるかもしれませんがデータが無いので私の考えでは脳保護作用を期待して処方できる薬剤ではありません。
このように書くと定型抗精神病薬がかなり悪い薬のように思われるでしょうがそうではありません。一時期、定型抗精神病薬が諸悪の根源のように言われた時期がありましたがそのようなことは決してありません。定型抗精神病薬で副作用もなく安定している患者もたくさんおられます。 そんな患者の薬をわざわざ非定型抗精神病薬に切り替える必要はないと思います。微妙なバランスで安定している可能性もあり悪化の可能性すらあります。むやみな非定型抗精神病薬への切り替えはしません。 不幸にして、どの抗精神病薬も効果が無い病状のかたもいます。その場合はそれ以上進行しないように脳保護作用が一番期待出来るジプレキサを処方します。