社交不安障害(あがり症)
社交不安障害(あがり症)について
社交不安障害は「不安障害」の一種です。このほか不安障害として分類される病気には、「恐怖症」「パニック障害」「強迫性障害」「PTSD(外傷後ストレス障害)」「全般性不安障害」があります。いずれにせよこれらの「不安障害」はうつ病の合併率が高く要注意です。
注) 診断基準DSM-5では「強迫性障害」「PTSD(外傷後ストレス障害)」は「不安障害」から除外されました。
●人前で発表したり発言したりすることが苦手
●見知らぬ人や目上の人と話すのが苦手
●異性と話すのが苦手
●他人の視線が自分に集まるのが苦手
上記のような方は多数いらっしゃると思います。しかし苦手を超えて緊張で手が震えて息ができなくなり汗が止まらなくなる。そのような状態があれば社交性不安障害の可能性があります。またそれ以外でも
●大勢の人がいる場での飲食
●大勢の友人たちと出会う
●人前で字を書く
というような日常的な場面ですら緊張で強い緊張が襲い掛かり、そのような場面を可能な限り避けようとして社会生活に支障が出ている。本人もその状態に悩まれ苦しんでいる。かつてはあがり症・赤面恐怖症・対人恐怖症などと言われ性格的な問題とされていましたが神経伝達物質のセロトニンやドパミン、ノルアドレナリンが不足する「疾患」であるということが分かってきました。性格の問題ではなく治療すれば治る、または軽減する「疾患」です。受診が遅れ治療しないまま放っておくと社会的な損失も大きくなるため、できるだけ早めの受診が必要です。
社交不安障害の傾向があると考えられる人は、10人に1~2人の割合にのぼっています。社会生活に問題が生じ苦痛をかかえています。幼少期発症(5歳以下)と若年発症(11~15歳)があります。女性に多いと言われています。患者の2/3が「性格の問題」と考え通院せずに1人で悩まれていると考えられています。ほとんどの方が25歳までに発症しますが発症してから受診まで10年~30年かかっているケースもあります。同じくセロトニン不足の疾患であるうつ病・パニック障害が併発する確率は70%を超えると言われているので放置は危険です。その他薬物依存、アルコール依存の併発も多く注意が必要です。
症状
DSM-Ⅳ(アメリカ精神医学会・精神疾患の分類と診断の手引き)では「社会的な状況に対して顕著な恐怖を感じ、患者自身においても病識があって、恐怖を回避するので社会生活が困難となるために苦痛を著しく感じる」とあります。さらに、「身体面でも赤面や震え、発汗などの不安症状がでることを恐れる」とあります。人前での会話や書字、大勢の人がいる場所での飲食、知らない人との面談などの場面で、患者は赤面し、声や手が震えます。そしてそれを他人に気付かれるのではないかと考えて、非常に不安になります。そのため、人前で話したり食べたり書いたりすることを避けようとします。その他、身体症状として発汗、動悸、胃腸の不快感、下痢など不安に伴って出現したりもします。普通の人でも人前などで緊張するのは当然なのですがそれが度を過ぎてしまい、社会生活に支障をきたすほどになっていると治療が必要です。患者は緊張するという「精神的」症状だけでなくそれに伴う赤面や発汗などの「身体的」症状に悩まされています。性格の問題と考え、我慢するよりも精神科を受診し、きちんと診断され、治療を開始することが先決です。
社交不安障害(あがり症)の原因
人間は脳の「扁桃体」という部分で恐怖を学習し、危険を察知し回避しています。この「扁桃体」は野生動物なら敏感であればあるほど生命維持に貢献しますが人間はそうではありません。敏感に恐怖に反応しすぎることで社会生活ができなくなったりします。先の神経伝達物質、セロトニンやドパミンはこの「扁桃体」への刺激を調整しています。これらの神経伝達物質が不足してしまうと「扁桃体」が必要以上に活性化してしまい過剰な恐怖・不安・心配を感じるといわれています。それらが不足する原因については現段階では不明とされていますが、遺伝的な要因よりも育ち方や生活環境などの要因が強いとされています。こう言うと「やはり性格の問題なんだ・・」と思われる方もおられるでしょうがそうではありません。きちんとした診断基準が存在する「こころ」の疾患ですので精神科を受診されることが必要です。セロトニンを増加させる薬物によりセロトニン濃度を上昇させ、社交不安障害を根本的に治療することが可能となりました。
ちなみにこのセロトニンを増やす薬物はSSRI・SNRIなどの抗うつ薬です。詳細は後の社交性不安障害の治療法を参照ください。
セロトニンがなぜ減少するかはいくつかの要因があります。
体験要因
人前で失敗して恥ずかしい思いをした経験が原因となり「また恥ずかしい思いをしてしまうんじゃないか」と不安になります。また、他人の失敗を見て、自分も失敗するのではないかと思ってしまう間接的な体験も含みます。失敗したことに対して自分を過剰に責めたりします。そして過剰な思いのあまり人前で何かをすること全てを回避しようとしたりもします。その回避で解決されれば問題なく過ごせますが患者は回避しても「また同じことが起こるのではないか」と考え不安や恐怖心が大きくなっていきます。回避する出来事が日常生活でよくあることであった場合は不安や恐怖はいっこうに解消されないばかりか、むしろ増大していくばかりです。もちろん人前で恥ずかしい思いをしたという経験をした人が、すべて社交不安障害になるわけではありませんので元から持たれている性質も影響します。
性格要因
「完璧主義」「他人からの評価を気にしすぎる」「激しい人見知り」といった性格の人がなりやすいと言われています。このような性格の人は、「体験要因」がなくても人前で失敗することを過剰に恐れます、そのため恥をかきそうな場面を避け続けます。そのため失敗もあまりしませんが成功を体験する機会が少なく社交不安障害が発症しやすくなります。反対に失敗を恐れない人は、人前で失敗してもくよくよせず、どんな場面でも避けずに立ち向かう傾向があるので「成功体験」を得やすく、自分に自信がもてるため発症しにくいと考えられます。
遺伝的要因
生まれつき脳内の不安を感じる部分が敏感な人たちがいます。不安や恐怖を感じやすく、それが極度の緊張へとつながります。頭部MRIで(わずかですが)不安に関わる扁桃体が患者では大きいというデータもあります。単一の遺伝子が発見されているわけではありませんが兄弟に社交不安障害患者がいる方はそうでない方の3倍発症しやすいと言われています。しかしこれも兄弟・・ですので以下の環境要因と切り離せませんのではっきりしたものではありません。
環境要因
社交不安障害の患者の子供の場合、両親の恐怖・回避行動を学習してしまうことがあります。実際に、回避行動のパターンは両親と似たものになります。両親が社交不安障害の患者であるという環境要因が、子供を社交不安障害の患者に育ててしまうといわれています。もちろん患者の子供全てが社交性障害になるわけではありません。
社交不安障害が長引く原因
社交不安障害はいったん発症すると不安が次の不安を生み出します。そしてそれを回避するために色々な社会活動が障害されます。
例)発表に失敗する⇒次も発表に失敗するのではないかと不安⇒赤面・発汗・腹痛⇒不安増強⇒発表になれば不安発作が起こるのではと考える(予期不安)⇒発表する場を回避⇒成功体験がなく不安障害がおきやすくなる
こうして、社交不安障害は、予期不安が回避行動を生み、回避行動がまた予期不安を強めるといった悪循環となって症状を持続させます。この悪循環を断ち切ることが回復への手がかりとなります。ここでは心理療法としての認知行動療法が中心となります。
社交不安障害(あがり症)の治療方法
社交不安障害の治療には、大きく分けて「薬物療法」と「精神療法」の二つがあります。薬物療法に主に使われる薬は「抗うつ薬」「抗不安薬」「βブロッカー」(β遮断薬)などです。一方、精神療法は他に「心理療法」または「カウンセリング」とも呼ばれています。この精神療法の中には「認知行動療法(CBT=Cognitive Behavioral Therapy)」と「対人関係療法(IPT=Interpersonal Psychotherapy)」の二つの療法があります。
患者の症状や生活環境に合わせて薬物療法と精神療法を組み合わせた治療が行われます。初めは、薬物をつかって治療をすすめていきますが、薬物だけでいったんは改善しても、再発することが少なくないことから、精神療法も併用して治療をすすめていくことになります。薬に抵抗があり精神療法だけでの改善を希望する患者もいますが薬物療法である程度改善してからでないと患者負担が大きすぎるのでお勧めしません。
社交不安障害の治療に用いられる薬には、大きく三つのタイプに分けられます。一つは不合理な恐怖や緊張を抑えるための薬として「抗うつ薬」、二つ目に不安を軽くするための薬として「抗不安薬」、三つ目に緊張で心臓がどきどきしてしまうのを抑える薬として「βブロッカー」という心臓の薬の三タイプです。これらを患者の状態に合わせて適切に組み合わせながら治療をすすめていきます。